テキ庵でちょっと話題になってる《癒し系》ね、この《癒し系》というのにはちょっと前から少なからず疑問に思っていた。なんでそのようなものが流行るのか、ようわからない。ボク自身が「癒し」を必要としていないわけではない。そんな強い人じゃないからね。
でも鬼束なんかのどこが癒し系なのか、さっぱりわからない。ずっとずっと以前からごくあるとしか思えないんだがね。それが癒し系と言われるから癒されるのだったら、安易すぎはしないか。(話は横にそれるけれど、うちの娘は「おにたば」とかいうのいてるやろ、と曰うた。親二人して、それは「おにつか」だろう顔を見合わせた。)
別にいま《癒し系》と言われるのは音楽に限ったことではないけれど、癒される音楽なんてのは人によって違うだろうし、時によっても違う。ボクなんかだと、当然というかMAGGOT BRAINだったりする。というより、そういうネタをいろいろ取りそろえております。
思うに、何か食べたいというときにどこぞの本に紹介されていたから、というのと同じようにしか思えない。癒されたいときに癒されるのに手っ取り早い音楽というのはこれだ、と教えて貰えないと癒されないなんてなんか不幸じゃないか。誰もが草だとは思わないが、少なくともマニュアル化されていないと自分を癒すこともできないなんて。
もうひとつは「病んでる」ということば。確かにいろんなところで病んでいる。病んでいるということはいまはおいといて、その「病み」の対極として「癒し」などということばが急浮上してきたにすぎないんじゃないか。それはそれでいい。だけども、音楽業界にあって、「売れ線狙い」のがある。こういうふうに作れば売れるというのが定着してしまった音楽ほどつまらない。これは「癒し」に限ったことでない。ただ、いま「癒し」をキーワードにして、売れ線狙いに走ってることは確かなことだ。そんなので癒されのなら幸福だろうけれど、逆に癒されたい、癒されたいと思っていることはそんなに簡単に癒されるものなのか、と思う。
自分で歩かないと自分の風景は見つからない。
そうだ、ボクは愛と死を見つめて生きるのだった。そう決めたのだった。
あら、きょうは02/02/02 なんかすげぇ〜〜(笑) そう、きのうはパタンQで、なんと『どつかれてアンダルシア(仮)』を見て、ゲラゲラ笑いながら寝てしまったのだ。おかげでまごまごれびゅの連続も70日ほどで途切れて、逆にホッとするよ。
------------本日のSOUND
Big Wrong "Sleep Walker" 6.7M
--------------本日の食事
朝 トースト2、コーヒー1
昼@いも膳 サーモン刺身、おから
夕 カツ丼
--------------昨日の食事
朝 トースト2、コーヒー1
昼 自家製お弁当
夕 すき焼き、うな丼
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