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きのうレイトショーにゴダールの『恋人のいる時間』を見に行ったんだけど、このとき「ゴダールの」という修飾語は必要だね。ゴダールというので、あ、小難しい映画なんかい、あたしゃパスだね、よくゴダールなんか好きだなと変わり者扱いしてもらえるのだけど、単に『恋人のいる時間』となると、メロウメロウな女性映画路線、『マディソン郡の橋』とかの路線かと思われるでしょ。いや、別にそういう路線は嫌いじゃないんだけど、それにしてもレイトショーにオヤジひとりで行って、チケット売り場でもたもたしてるところに、「『恋人のいる時間』ですか?」と係のおねえちゃんに言われるのってバツが悪くないか。なんか初めて成人映画を見に行ったときに切符売り場のおねえちゃんに「いくつ?」と聞かれて「じゅっ、じゅはち(^_^ゞ」のような。
しかも映画始まる前にそのねえちゃんが客席に入ってきて「ただいまから『恋人のいる時間』を上映いたします」と、な、何度も言うなよ。
『恋人のいる時間』といえば、中森明菜に同じタイトルの歌があった。作詞したの、誰か知らんけれど、ゴダールから連想したのか、それはどうかわからん。でもボクはそれ聞いてゴダールと同じだなと思ってて、ゴダールにしても中森明菜にしても『恋人のいる時間』というのはそれぞれにあまりに知られてないんだけど、ボクは結構好きでクルマでテープで流しながら一人で歌ってた。アラ、歌詞うろ覚え。恋人はいるんだけれど、独りで暮らしている女の情景描写が利いている歌。
まごれびゅにもちらっと書いたんだけれど、映画の中で《追憶》《現在》と夫ピエールと愛人のいる妻シャルロットに語らせるところがある。
「僕の記憶は・・・僕は忘れることができない」
「愛に生きるのは現在の中だけ。もし現在がなかったら、愛は死ぬわ」
映画館の外に出ると、まだ11時前だというのに茶屋町あたりはひっそりと静まっていた。コーヒー飲みたくても店も閉まってしまってる。地下鉄に向かって歩きながら、ふっとそこに何年か前に一緒に来た店。
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