maggot's favorites #18



赤坂真理
蝶の皮膚の下
河出書房新社 '97.03.25



 蝶は羽化して再び卵に戻る。意外と知られていないが蝶の卵は硬い殻に守られている。やがて一見無防備な幼虫(maggot)となり、再び硬い殻に守られる蛹の時期を過ごした後、羽化して蝶となり飛び立つ。まるで起承転結をかたくなに守ろうとするかのように。蝶の一生と起承転結が異なるのは、始まりも終わりもないということ。そう『蝶の皮膚の下』は循環しているのだった。試しに、この物語の終わりの数行と初めの数行をつないでみた。どこが切れ目だかわかるだろうか。
 航の中にいるようだと、最後に思った。私は限りなく沈んでいく。航の肩の皮膚の下で、彼の羽とともに、来るべき羽化の時を私は待つ。銀色の蝶のひとつが私の中に入って私になった。私は苦しくなかった。同じ瞬間に、ひときわ強い鼓動が脈打って、水面の蝶のすべてが、痛いくらい眩い光とともに放たれ飛んだのを見た。視界一面蝶で、蝶はあまりに数が多く重なり合っていて、なおかつ距離が近すぎたので最初蝶とはわからなかった。駝鳥のショール、せいぜいそんなものが想像の限界だったが、それらは生きてひとつひとつ独立して動いた。それぞれに、先を急ぎ天を指していた。彼らは大群をなし無数の羽で私の全身を撫で上げ押し上げる。目を閉じると世界は泡と化し自分もその一つになる。
 誕生と死が始まりと終わりを宣言するのなら、この物語には誕生はない。あるのは覚醒『最初蝶とはわからなかった』と入眠『航の中にいるようだと、最後に思った』なのだった。
 膣とペニスが欠落でも剰余でもないのと同じように、りかと航ではなかった。あっち側でもこっち側でもない。ときに反転する。それはカメラアングルがぐるぐると回転しているから。関わるもの、それは医者の吉岡であり、ペットショップの主人であり、彼らをも同じ映像の渦の中にのみこんで行く。そうしてもはやカメラが回転しているのさえもわからない。
 複素数をかけていくと、座標平面で回転していくかのようにいまも循環し続けている。と、この複素数の絶対値は1より大きかったのだろうか。
   
 

2001/04/30