maggot's favorites #4



唐十郎
少女仮面
学藝書林 '70.3.5 \680



好きとかお気に入りとかいうような類やないねんけどね、これは。いうてみたらボクの記念碑的な戯曲。この芝居を'71夏に吉祥寺で見たんだけどね、麿赤児が背中に火をつけてテントの中にとびこんできた。もうその頃には、それまでの新劇とは違う状況劇場の突拍子も無さに驚きはしないようになってたけど、それでもそこまでやるかぁとあきれ返ってた。そうしてどんどん状況劇場の魔力にとりつかれて行ったんだけど。蛇足だけれど、根津甚八をはじめて見たのもこのときだったかな、「愛の乞食」ではあんまり根津の印象はない。
つぎにこの「少女仮面」を見たのはそれから十数年たってから、唐と李はすでに離婚してしまってて、李がひとりで近鉄劇場にもってきたんだけど、それくらい唐と李にとっては意味のあった芝居なんかなぁと思った。近鉄劇場の李の「少女仮面」はだれがバイプレーヤーだったかも忘れてしまったけど、あれではちょっと可哀想だった、観客の質も悪かったし。それくらい'71の状況にはすごいメンツがそろってたというべきかもしれないんだけど。
「少女仮面」は宝塚歌劇の往年のスター春日野八千代の肉体とは何だったんだという当時の唐のいう「特権的肉体論」のひとつの完成、唐が出した答えだったと思うんだけど。実はこの「少女仮面」はボクも演ってやろうと考えてたんよ。舞台にはプールをつくって、そして山台をしきつめてはじめは何の変哲もない舞台だけど、春日野をそのプールの中から登場させてやろうというプランね。ところがこのプランは「続・二都物語」でやられてしもたんよ。あ、やられたぁ〜と思った、そのときは。やられたぁと思いつつちょっとうれしかったけどね。李礼仙が山台の裏に仰向けになって、はじめ山台は伏せられていたから、山台の裏で俯きになって水に向かって四隅を両手両脚で自分の体をささえてたんだけど、その山台が引き起こされて、思いきり水を滴らせた李礼仙が起きあがってくる、まさに芝居のダイナミズムやったよ。
時はゆくゆく乙女は婆あに
それでも時がゆくならば
婆あは乙女になるかしら

98/01/07